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問診票 と「問心票」~患者さんと医療者のコミュニケーションの後押しに~

問診票 と「問心票」~患者さんと医療者のコミュニケーションの後押しに~

ABSTRACT

スポーツで負傷が多い部位の一つに膝がよく知られている。中でも前十字靭帯損傷はプロスポーツ選手では選手生命に関わることもある。一般的にも大きなスポーツ外傷として知られており、実際に手術になるケースが多い。また、リハビリテーションを含め、治療期間が数か月にわたる。そのようなケガとかかりつけの医師から診断され、手術や精密検査目的で紹介状を持って中核病院を訪れる際、患者さんの不安や恐怖は非常に大きい。しかしながら中核病院や大学病院ではスタッフも多く、待ち時間も長い。診療や検査も専門スタッフに分業され、説明もそれぞれの担当者が行う。そのため、患者さん側は「誰に聞いていいかわからないような疑問」や「気になるけど聞いていいかわからない疑問」などを抱えやすい。そのような不安をできるだけ減らすため、手術や入院、長期にわたるリハビリを安心して行えるよう心の中にあるものを記載してもらい、個別の回答や提案は担当スタッフが記載して患者さんに返事を返す、手書きの手紙のような「問心票」が今回の提案である。

AUTHORS

糟谷美有紀 Miyuki Kasuya 救急医
中原康志 Yasushi Nakahara 理学療法士 医療メディエーター
本田夏菜 Kana Honda マネーアドバイザー
森美知子 Michiko Mori 管理栄養士

INTRODUCTION

前十字靭帯損傷はスポーツでの膝の外傷として知られており、プロ競技レベルのアスリートでは復帰が危ぶまれる、復帰までに時間がかかる、リハビリがつらいなどのことがメディアでも報じられている。プロではなくても学生の部活や趣味やレクレーションでスポーツを楽しむ人達でも「もうできないかもしれない」「どのくらい時間がかかるのか」「仕事や学校はどうなのか」等の不安は当然のことである。それ以外にも、個別の心配事や気になることが多く生じていることは実際の臨床場面でもよく耳にする。分業化された大規模な病院では「いつ」「だれに」「なにを」「どのようにして」聞けばいいのかわかりにくい上に、「それは〇〇の担当に聞いてください」と返されることが多い。一般的に前十字靭帯損傷の手術はかかりつけ医から紹介→紹介状を持っての初診→MRIなどの精密検査→結果や手術の説明・手術日決定→術前リハビリ→入院・手術→入院術後リハビリ→退院→通院リハビリ(通勤・通学)→段階的にトレーニングとスポーツ復帰と短くとも6か月程度は経過がかかる。そのため、課題として①若年世代に多いが、リハビリテーションも含めて治療経過が長い ②中核病院などの規模が大きく、専門スタッフが多い場所では「たらいまわし感」や「医療スタッフとのコミュニケーションの取りにくさ」が起きやすい ③歩行や日常生活は早期に行えるので、本人の不安や疑問が重視されにくいなどが挙げられる。だが、直井は「心的サポートを行った再建術後の患者の方が痛みや不安が少なかった」と報告している1。それらの課題解決の一案として「問心票」の提案をすることとなった。

節目の説明の際に既存のパンフレットとともにこの「問心票」を渡し、メモ的に内容や気になることを書いてもらい、個別の質問なども記載し、回答が欲しい人はどのタイミングでも良いので提出すれば担当者の回答が記載されて返事が返ってくるものとして運用する。

METHODS

従来の「問診票」は医療上必要な情報収集のために有用であるが、医療者側の質問に答えるだけの一方的なものとなっている。そのため、従来のものに加えてこの「問心票」を使用する。かかりつけ医で、診断を受け、精密検査や手術が目的で受診する中核病院で使用する。従来の問診票はこれまで通り使用し、一緒にこの「問心票」を渡し、不安や聞きたいことを待ち時間の間に記載してもらう。用紙は持ったまま診察室に入り(バインダー含む)、内容を見ながら質問したり、その場で聞いたことのメモ、新たな質問等も記載する。直接では聞きにくいこと等の回答が必要な患者さんは質問欄に記載して提出する。これを手術前の説明や術後、リハビリの開始時や実施計画書の説明時、退院時などステップが変わるポイントの時に渡し、遡ったり今後の事やその時とは直接関係のない質問、提出するタイミングもいつでも可能とする。受け取った医療スタッフは回答に適していると思われる担当者に依頼し、回答を記入し患者さんに返す。多くの前十字靭帯の治療を行っている病院では流れや説明のパンフレットなどの基本的な資料はすでに充実している。問心票は個別の不安や疑問に答えるための使用が大きな目的である。規模の大きい病院では取りにくい個々のコミュニケーションを促通し、患者さんの理解度や心理面をも把握できることできめ細かい関わりや認識の齟齬が起こりにくい、という医療スタッフにとってのメリットも期待される。

DISCUSSION

今回の提案は「問心票」とし、従来の問診票に加えて、患者さんの心の中にある不安などを軽減し、コミュニケーションを促進するツールである。山元らは「問診票を書くことで患者は自分の状態を整理できる」「直接聞くことと書面に書く内容を使い分けている」等としている2。従来の問診票は医学的情報を得るため重要である。今回の「問心票」はそれに加えて患者さんの不安や疑問を書いてもらうことで、考えを整理することができる。診察時の聞き忘れの防止も期待できる。聞きにくいことや後から生じた質問は質問欄に記載し、回答は後日担当者から返信欄に記載されて返ってくる。また、同様の用紙をその後の経過の中で手術の説明やリハビリを行う際にも利用できる。状況によっては先に医療スタッフが記載して説明しながら渡す使用も有用であると考える。これは規模の大きい医療機関では分業化による患者さん側の「たらいまわし感」を軽減し、パンフレットや資料を十分準備してあることで「理解しているだろう」という認識に陥ることを防ぐ効果を期待できる。その結果、患者さんに寄り添った個別性のある対応につなげることができるのではないだろうか。クリニカルパスや治療の流れが個人によって大きな差が生じにくい疾患でありながら、経過が長く今後のQOLにも大きく関わり、若年層に多く目標の多様性が高いため、しっかりとしたコミュニケーションが必要だと考えられる。そして長期の治療やリハビリができるだけ不安を抱かずに進められるものになればと考えている。

REFERENCE

  1. 直井 愛里:「前十字靭帯再建術後の心理的反応とスポーツ復帰と心理的介入の効果」,近畿大学心理臨床・教育相談センター紀要 創刊号 13-20(2016)
  2. 「問診票の問題点と役割について」:山元由利恵 他(大阪市立小児保健センター)  日本視能訓練協会誌
  3. 五島史行.初診時めまい問診票の自由記載内容による患者の特製の検討.Jpn J Psychosom Med 55:1373-1379,2015
  4. 豊嶋良一. 精神科初診患者用の問診票. 精神医学42:9-12, 2013
  5. 岡山雅信.「総合診療科の初診外来問診票で何が問われているか」.日本プライマリ・ケア連合学会誌vol.35, no.1, p12-16, 2012