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大切なあなたへ健康な嚥下を、香る食前だし

大切なあなたへ健康な嚥下を、香る食前だし

ABSTRACT

嚥下機能(飲み込む力)の低下は致死的な誤嚥性肺炎を引き起こす。飲み込みに関わる筋肉は40歳頃から衰え始めるが、衰えが表面化する70歳まで予防的な介入はされておらず、嚥下に対する意識も希薄である。そこで我々は「食前だし」を提案することで、50代という早い段階から嚥下の自覚、正しい嚥下の習得を行う。食前だしは、お通しの要領で食事の前に飲んでいただく。だしが出るまでの間に嚥下機能を確認する簡易テストを行っていただき、自身の嚥下力を自覚する。その後、呼吸を意識した正しい嚥下方法を食前だしを飲みながら練習する。子から親世代へ健康を贈るというコンセプトで、家族全体で嚥下に注目して、嚥下機能の低下を事前に防ぎ、将来の誤嚥性肺炎の予防につなげる。

AUTHORS

上西佑季 Yuuki Uenishi 医療機器メーカー勤務・東京デザインプレックス研究所グラフィックDTPコース卒業生
髙崎里帆 Riho Kohzaki 大学生
中山正光 Masamitsu Nakayama 医学研究科大学院生博士課程4年
平山里佳 Rika Hirayama 医療機器メーカー勤務

INTRODUCTION

65歳以上の高齢者の割合が人口の21%を超えた社会を「超高齢社会」といい、日本は2007年に突入した。2022年には29%を超え1、今後もこの割合は増えていくことが想定されている。また同様に増加しているのが、要介護者である。要介護者数は2019年に669万人を突破し2、国民の約18人に1人が何らかの形で介護や支援を必要としている。

そこで私たちは、介護での大変なポイントの1つである「食事介助」に着目した。その中でも、食事介助における注意ポイントとして、誤嚥を起こさないよう気を付けるという点があることがわかった。嚥下機能の低下によって引き起こされる誤嚥性肺炎は日本の死因第6位3であり、大きな社会課題となっている。嚥下指導を行う言語聴覚士の方へのヒアリングを通して、飲み込みに必要な筋肉は40歳頃から衰え始めるにもかかわらず、実際に衰えが表面化するまで本人は気付かないこと、認知症を発症しているケースも多く、新たな習慣として飲み込みの練習を行うことが難しいということが明らかとなった。

以上の背景から、私たちは「誤嚥を予防する」という観点をテーマとし、「自身の嚥下力を知り、正しい嚥下法を身につけるきっかけを作る」プロダクトの着想に至った。現代人は忙しいため、新たな体操や嚥下のみに注目したプロダクトは受け入れづらい。そこで、実際に嚥下を行う食事に対して、フォーカスし、食事の前に嚥下機能を練習することをコンセプトにした「食前だし」を着想した。本プロダクトの対象者は、嚥下機能がまだ健康で、自身で意識付けが可能な50-60代の親世代とした。プロダクトをギフトタイプとすることで、子世代から親世代へ健康を贈るというコンセプトにした。親の嚥下を家族全員で考えることで、親の健康を家族全体の問題として捉える意識をする。食前だしを通じて正しい嚥下法や、自身ののどの力・衰えを知ることで、数十年後の嚥下機能低下のリスクを下げ、嚥下障害になった際に、より楽にリハビリトレーニングができることが想定される。

METHODS

食前だしは、自身の嚥下機能のチェックおよび、香りを用いて呼吸法を意識することで、嚥下の方法を美味しく学ぶことができる。この食前だしをお歳暮のような形で両親や親戚など大切な方へ送ることで、健康を送りながら、同時に嚥下機能という予防的介入が不十分な領域への早期発見・予防を達成することができる。

食前だしは、リーフレット(嚥下簡易テスト、お出汁の作り方、嚥下機能に着目した飲み方が記載されている)、お出汁パック、出汁時計で構成されている。リーフレットで簡易テスト方法と正しい嚥下方法を啓蒙することを目指している。本製品の場面としては、食卓に食事を準備いただき、その食事を食べる前に食前だしを使った嚥下練習を行う。手順としては、1.嚥下簡易テスト(RSSTテスト)→2.嚥下練習(出汁で嚥下の呼吸法を学ぶ)→3.嚥下実践(料理を食べる)の順番で取り組む。

1.のどに指を当てる嚥下簡易テスト
嚥下機能は反復唾液嚥下テスト(RSST)により、簡単に計測できる。具体的には30秒間に何回唾液を嚥下できるかを観察する簡単な手法である。 第2指で舌骨を第3指で甲状軟骨(喉仏)を触知し、甲状軟骨が指を十分に乗り越えた場合のみ1回とカウントし、 2回/30秒以下を陽性とする4。30秒の計測については、同封の出汁時計(砂時計の砂が出汁になっている)を使用して、視覚的にもわかりやすく行っていただく。ここでRSSTが30秒で3回飲めなかった、3回飲みこみが困難な人は、嚥下機能の低下が疑われる。リーフレットには、介護の相談を受け付けてくれる地域包括支援センターの案内も掲載し、嚥下機能が低下している方に早期から介入できるモデルを実現する。

2.出汁を使った嚥下練習
食事中の正しい嚥下は、呼吸状態と関係している。嚥下前に鼻で息を吐き、嚥下を行い、また息を吐く(呼→嚥下→呼)5という方法は、最も嚥下効率がよい(誤嚥しづらい)と同時に、食材を深く味わうことができる。お出汁については、昆布味をベースに検討している。昆布は、うまみ成分が豊富で、唾液分泌量を促すことから、咀嚼・嚥下機能維持・改善に適している6。食前だしを使った具体的な方法としてまずは、香りを楽しんでいただくことで、呼吸に意識を向ける。何度か深呼吸した後、口にお出汁を含んで頂き、そのまま鼻で呼吸を繰り返す。鼻で吐いた後にお出汁を飲み、さらに鼻から息を吐く。鼻から息を吐いた瞬間、お出汁のいい香りが口腔いっぱいに広がる。これをひとしきりマスターしていただき、次の食事のステップへ進む。

3.おすすめ料理で嚥下実践
ここからは日常的な食事に移る。それぞれのお出汁に合う食事についてはパッケージに提案があり、お出汁を味わうことでより一層おいしくなる料理や高齢になったときに足りなくなるような栄養素を包含した料理が提案される。食事まで包括的にパッケージ化することで、身につけた嚥下を習慣化することを狙っている。お出汁によって、練習した嚥下を実際の食事でも実践し、美味しく、正しい嚥下を身につけることができる。食事後はそのまま片付けていただくが、砂時計は食卓や目に見えるところにかざってもよく、定期的に嚥下機能について思い出してもらうきっかけとなることを期待する。

DISCUSSION

日常的にあまり意識されない嚥下機能について、テストとトレーニングを一度の食事の中で同時に行うことができる食前だしを提案した。早食いやながら食べが横行している現代人にとって、食事そのものをリプロデュースすることで、嚥下機能を日常的に実践してもらうことを意識したコンセプトとした。

本プロダクトは、息子娘から親世代へのギフトとして設計されている。これにより、子が親の嚥下機能を気にかけることができ、また、帰省時に一緒にRSSTテストや食前だしを楽しむことで、家族ごとに親の嚥下機能低下を把握できる。食前だしによって、若いうちから当たり前に行っている嚥下機能に意識を向けることで、将来の嚥下機能低下に備える。ひいては、社会課題である誤嚥性肺炎の予防することで、誰もが寿命を全うできる社会の実現に貢献する。

現時点において、嚥下機能を対象にした製品では、嚥下機能が低下した方向けの食品や施策の展開(ゼリーや、とろみをつける、料理を柔らかくする機械等)はある。一方で、まだ健康なうちから嚥下を意識するようなコンセプトの食品や施策は少ない。食前だしは、嚥下機能が低下しはじめの50-60の世代をターゲットにすることで、セルフチェックから嚥下機能への意識付けを行う。また、嚥下機能が低下した後のリハビリでも嚥下機能への意識がある方だと、リハビリの効果が違うという結果もあるため、若いうちから嚥下機能に意識を向けることは重要な意味を持つ。

RSSTを用いた嚥下チェックについては、嚥下機能に異常が見られそうな場合、リーフレットに記載の地域包括支援センターへの案内という形で案内している。しかし、この評価がユーザーの主観によるものなので、嚥下機能の低下を見過ごされてしまう可能性がある。例えば、ギフトとして贈ってくれた人とのコミュニケーションや、言語聴覚士などの紹介サービス、お出汁教室、嚥下改善のための活動(カラオケ、よく噛む、脱水を防ぐ)など、ユーザーのその後のアクションを精度高く設計することで、積極的に嚥下機能を改善する取り組みに発展させることができる。

嚥下指導については、文献5より「呼→嚥下→呼」を採用しているが、実際には他に3つのパターン(呼→嚥下→吸、吸→嚥下→呼、吸→嚥下→吸)がある。嚥下のしやすさについては個人の主観に依存する場合がある。また、本当に正しく行えているかに関するチェックも現在はセルフチェックであるため、嚥下機能低下している方には、専門的なアドバイスを行うフロー設計も展望として考えられる。

嚥下機能と聞いて、ピンと来る人が少ない中で、食前だしが流行することで、嚥下機能の低下を防ぐことが当たり前の世界を実現できる可能性を秘めている。嚥下機能低下によって起きる誤嚥性肺炎予防の一助となることを期待している。

REFERENCE

  1. 総務省統計局「高齢者の人口」
    https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1291.html
  2. 厚生労働省「令和元年度 介護保険事業状況報告(年報)のポイント」
    https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/jigyo/19/dl/r01_point.pdf
  3. 厚生労働省「令和2年(2020) 人口動態統計月報年計(概数)の概況」
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai20/dl/gaikyouR2.pdf
  4. 戸原玄、下山和弘「反復唾液嚥下 テス トの意義 と実施上の要点 」『老年歯科医学』2006年、20巻4号P.373-375
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsg1987/20/4/20_373/_pdf
  5. 関川清一、磯田亜美、岩本えりか、高橋真、稲水惇「嚥下前後の呼吸コントロールが 飲み込みやすさに与える影響」『理学療法科学』2009年、24巻3号P.381-385
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/24/3/24_3_381/_pdf/-char/ja
  6. 味の素株式会社「見落とされてきた“うま味”の感受性低下 味わう力を取り戻す、うま味の活用」
    https://ajicollab.ajinomoto.co.jp/news/uploads/2019/03/22/AjicoNews_Vol2.pdf