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カムカム定期便:噛む力のチェック&トレーニングができる美味しい贈りもの

カムカム定期便:噛む力のチェック&トレーニングができる美味しい贈りもの

ABSTRACT

「年齢のせい」と軽く考えられがちな、噛みにくさや食事中のむせなど口腔機能の低下(オーラルフレイル)は、低栄養や食欲減退から心身の機能低下につながるという負の連鎖を招きやすい。後期高齢者の歯科健診などが近年導入されたが、健常時からの啓発・介入ポイントは少ないと言える。そこで、月に一度、咀嚼力が判定できるガムと共に、噛み応えのある全国の特産品が送られてくる、「噛む」ことに着目した食品の定期便を考案した。フレイルの予防行動と、些細な兆候を早期発見する効果が期待できる。高齢者向けのサービスであるが、メインターゲットを離れて暮らす親の食生活や健康を心配する子供とした。「心配」よりも、贈り物という形で「愛情」を伝えながら、高齢期の親の健康増進に寄与する提案としたい。

AUTHORS

平山 貴一 Kichi Hirayama フィールド医学教室 大学院生
不破 清美 Kiyomi Fuwa 医療機器メーカー勤務
妹尾 淳子 Junko Senoo 医療ライター

INTRODUCTION

平成26年度版厚生労働白書によると、我が国の平均寿命と健康寿命※1は男性で9.13年、女性で12.68年の差がある。超高齢社会においては、いかに健康寿命を延伸しこの差を縮めるかは重要な課題である。

近年、口腔機能の低下(オーラルフレイル※2)が全身のフレイル※3、サルコペニア※4、要介護状態、死亡の新規発生リスクをそれぞれ2倍以上高くすることが明らかにされ1、オーラルフレイル予防が健康寿命延伸に寄与することが示唆された。

オーラルフレイルの兆候は、食事中のわずかなむせ、固いものが噛みにくい、口が乾きやすいなどがその症状だが、1つ1つは日常生活に大きくは影響しないため年齢のせいと軽く考えられがちである。しかし、例えば食べづらいために柔らかいものなどを自然と好むことで、一層口腔機能が低下、そして食への欲求低下や低栄養と悪循環に陥り、心身機能の低下や命に係わる 誤嚥性肺炎など深刻な病気も起こしやすくなるなど負のスパイラルに陥るリスクが指摘されている2。また、嗜好や加齢に伴うライフスタイルの変化により、柔らかい食品が多くなり潜在的に口腔機能の低下が進行するケースも考えられる。

オーラルフレイル対策では、75歳以上の後期高齢者の定期歯科健診(年1回)の他、「通いの場」※5などでのオーラルフレイルのチェックや口腔体操の啓発が推進されているが、オーラルフレイルの言葉の認知度の低さ3から推測するに健常時からの予防の啓発や介入ポイントは十分であるとは言い難い。さらにコロナ渦で、世帯を別にする家族を含め人との会食機会が減少している今、食事中に顕在化する口腔機能の低下のサインに本人以外が気づける機会も減少していると考えられる。

そこで、オーラルフレイル予防を含め様々な健康増進効果4が明らかにされている「噛む」ことに着目し、咀嚼力の定期的なチェックと噛みごたえのある食品を月に一度配送するサービス「カムカム定期便」を考案した。

オーラルフレイル予防は、咀嚼以外にも、栄養、嚥下、歯数、衛生、口腔運動などケアすべき点は多いが、「噛む」というシンプルかつ日常に不可欠な行為をフォーカスしつつ、定期便の利点を活かし繰り返しオーラルフレイル全体について理解が深まるよう設計した。

さらに、「食べる」「話す」などは日常のことであるが故に本人がその低下を自覚し難いことから、この定期便サービスを離れて暮らす高齢の親や大切な人への贈りものとして提案したいと考える。

※1 健康寿命:健康上のトラブルによって、日常生活が制限されずに暮らせる期間。

※2 オーラルフレイル:口腔の(オーラル)虚弱(フレイル)を表す言葉で、口腔機能の衰えが全身の老化につながるという考え方。

※3 フレイル:加齢により心身が老い衰えた状態のこと。フレイルは、早期に適切な対応を行えば元の健康な状態に戻れる状態。 高齢者のフレイルは、生活の質を落とすだけでなく、さまざまな合併症も引き起こし、機能低下や死亡する危険性が高いことが明らかになっている。

※4 サルコペニア:筋肉が減り身体機能が低下した状態

※5 通いの場:介護予防事業のひとつとして設置がすすめられる、主に地域住民が主体となって運営・参加する高齢者の集える場

METHODS

「カムカム定期便」は、離れたところに高齢の親を持つ子供をメインターゲットとする。何らかの身体的・精神的・社会的な活動が減少しているように見えるなど、高齢の親に対して些細な心配を感じている人へ訴求したい。具体的には、フレイルの評価基準(J-CHS基準)5である「疲れやすい状態が週に3~4日以上ある」「身体的な活動量が減っている」などの5項目のうち2項目以下が当てはまるプレフレイル※6段階にある高齢者や、その予備軍となりそうな高齢者をサービスの提供先として想定する。(日本においてプレフレイルに該当する65歳以上の高齢者は49.6%(フレイルは6.9%)というデータがあり6、潜在的に要介護リスクを抱える人の割合は約半数にのぼる。)

サービス内容は、咀嚼力を判定できるガム※7と、利用者の咀嚼力に適した食品が月に一度送られてくる定期便である。食品は全国の特産品などの中から、必要な咀嚼回数や硬さ、形状、高齢期の栄養や好みを考慮して選定(詳細はDiscussionにて詳述)し、食べることを楽しみながらオーラルフレイルのチェックとケアができることを目指す。これは子供から親の元に毎月届く、噛む力を起点としたトータルフレイルケアのための贈り物である。サービス内容の詳細は以下となる。

  1. 【サービス開始前】利用者の咀嚼力に合った食品を送るため、咀嚼力を判定できる色の変わるガムを利用者に配送する。利用者からは咀嚼ガムを使用してもらいその判定結果をサービス提供元にフィードバック※8してもらう
  2. 月に一度、咀嚼ガムと咀嚼力に適した食品を配送する。同封する用紙にて、ワンポイントアドバイスのような形で、オーラルフレイル予防のための口腔体操※9や栄養などについて情報提供を行う
  3. 毎月、咀嚼ガムの判定結果や食品についてのフィードバックをしてもらうことで、半年前に比べて咀嚼力が落ちている場合にアラートを出して注意喚起をしたり、咀嚼力の変化を客観的に認識してもらえるようにデータを蓄積することができる

※6 プレフレイル:フレイルの前段階を表し、フレイル予備軍とも言われる

※7 咀嚼力が判定できるガム:60回咀嚼することでガムの色が緑色から赤色に変色し、その濃淡を添付のチャートと照らし合わせることで簡易に咀嚼能力の判定が行える「キシリトール咀嚼チェックガム」がLOTTEから販売されている7

※8 フィードバックについて:google formや返信ハガキを想定。発展可能性として、サービスと連動させたアプリの利用なども考えられる

※9 オーラルフレイルのトレーニング:日本歯科医師会等がイラストや動画を提供している8。それらを基に作成するイラストを添付するほか、ホームページの紹介やQRコードの添付も検討できる

DISCUSSION

「カムカム定期便」は、潜在的に進行するオーラルフレイルの予兆を早期に察知することが主目的である。咀嚼力を判定するガムで継続的に口腔機能をチェックし、咀嚼力に応じた食品を食べることをトレーニングすることで、オーラルフレイルの背景となる日常の食生活や口腔衛生の見直すきっかけとなりうる。一時的な贈りものではなく、定期便として届けることで継続的にチェック&トレーニングを行い、オーラルフレイルへの意識づけを狙う。また、この贈り物を介したコミュニケーションや利用者が行うフィードバックにより、贈り主である子供が、離れて暮らす親の健康状態や食生活、好みの変化などを具体的に知るきっかけにもなると期待できる。

送付する特産品の選定には、食品の咀嚼回数を測定しランキングした例があり9、その測定方法を参考に特産品の選定が可能であると考える。上記では咀嚼回数の多い特産品として、ジンギスカンなどの肉類やいぶりがっこなどの漬物が上位にランクインしており、咀嚼のトレーニングに適した食品としてこれらが検討できるだろう。また、オーラルフレイルチェック問診表10に、「たくあんやさきイカくらいの食べ物を噛むことができるか」の項目があることから、これらの食品がオーラルフレイルの評価の分岐点と言え、オーラルフレイル予防に適した食品であると考えられる。

しかし現時点で、オーラルフレイルにまでは至らない程度の咀嚼力に応じた食品を体系的に表したものは、確立されていない。よって、本サービスにおいてフィードバックの仕組みを強化すれば、利用する高齢者からのフィードバックによって、高齢期の咀嚼力トレーニングに適した食品が浮かび上がり、今後拡大すると思われる高齢者向けの食品マーケットにおいて価値あるデータを得られる可能性にも期待できる。

発展可能性として、前述した通り地域の特産品を使うことで、地方の活性化や日本の伝統的な食品に「噛むトレーニング」という観点から新たな光を当てることにも繋がる可能性があると考える。例えば、落花生が有名な千葉県では落花生を調理法によって味や食感を変え、オーラルフレイルチェックの素材と考えると、落花生の紹介や農家からのメッセージ、地域の他の特産物の紹介を添えることで比較的元気な高齢者とその家族が現地に足を運ぶことに繋がる可能性など新しい販路の拡大も考えられるのではないだろうか。

このサービスを研究として科学的な結果を求めるのであれば、ある地方において、その地方で食べなれた硬い料理を評価物として使用してもらい、毎月噛める硬さの自己評価の有無をその地域の村ごとに割りつけたクラスターランダム化比較試験を施行し、フレイルに移行した割合を比較することになる。

今回はコンセプトの提供で、実装に向けては議論が必要である。我々は事務局を持っておらず、商品の選定や流通方法が未定であり、フィードバックを送付する事ができない。

実現可能性を考えるならば、このサービスが子から親への贈り物という特徴を持つことからふるさと納税のポータルサイトとの協働や、もしくはガムを重要な位置づけとして据えていることから、ガムを販売する食品メーカーとの協働によるPRや販路の開拓を検討できるかもしれない。オーラルフレイルに関心の高い食品メーカーとの共同研究で、これまでに無い観点からのオーラルフレイルの幅広いスクリーニングなども検討できるのではないだろうか。このように一般的なECを用いた販売以外に、いくつかの可能性が考えられるが、その方法論は十分な検討が必要である。

REFERENCE

  1. Tanaka T, Takahashi K, Hirano H, Kikutani T, Watanabe Y, Ohara Y, Furuya H, Tsuji T, Akishita M, Iijima K. Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly.J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2018 Nov 10;73(12):1661-1667.
  2. Xue QL,et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2008;
  3. 「オーラルフレイルに対する意識調査」:<オーラルフレイル意識調査> 身体の老化に大きな影響を与える “オーラルフレイル”の危険性がある人は5割以上!https://www.sunstar.com/jp/newsroom/news/20200115114185-2/
  4. The Effects of Mastication, Nutrition and Exercise Guidance in a Health Program for the Elderly Tomotake et al. - Nippon Eiyo Shokuryo Gakkaishi - 2020
  5. オーラルフレイル質問項目:Tanaka T, et al : Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly. J Gerontol A Biol Sci Med Sci, 2017(in press).
  6. NationNational Center for Geriatrics and Gerontology–Study of Geriatric Syndrome: NCGGSGS
  7. キシリトール咀嚼チェックガム説明書https://www.oralcare.co.jp/product/images/soshaku_ss.pdf
  8. オーラルフレイル対策のための口腔体操|オーラルフレイル|日本歯科医師会 https://www.jda.or.jp/oral_flail/gymnastics/
  9. 全国「噛む力」調査。「噛む力」が最も高いのは秋田県!ランキング上位都道府県の共通点は“ガム” ! 47都道府県毎に20代~60代の男女100名ずつを対象とした、全国「噛む力」調査を実施いたしました。|株式会社ロッテのプレスリリースhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001650.000002360.html
  10. 日本歯科医師会 通いの場で活かすオーラルフレイル対応マニュアル
    2020-manual-07.pdf (jda.or.jp)