看護の仕事はストレスがかかりやすく、メンタルヘルスにおいて看護師はハイリスクグループに属するといわれている1。人の生死にかかわるため高い緊張感にさらされていることに加えて、業務量が多く、仕事をコントロールしづらいためにストレスがかかりやすいといえる。実際に看護師は燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)になりやすいことがわかっている1,2。さらに、公益社団法人日本看護協会による「2020年 病院看護実態調査」では、正規看護職員の離職率は11.5%と高く、なかには20%を超える医療機関もあることが明らかとなった3。看護の担い手不足は日本社会において重要な課題の一つといえる5,7。
このように強いストレスがかかる状況下では、ストレスに対処する能力であるレジリエンスが重要となる6,。そこで、今回我々は、看護師に仕事のやりがいを認識させてレジリエンスを高める仕組みとして、「ハッピーで育てるナースの木」を提案する。これは、ナースステーションの受付などに木の枝をイメージしたオブジェを設置し、日々の業務の中で喜びを感じた時に、看護師がその喜びに応じた飾りを枝に付けていくものである。
ナースの木には、主に3つのしかけがある。1つ目は、仕事の喜びを可視化し、振り返るきっかけを作ることである。2つ目は、同僚や自分を褒める文化を育み、職場の連携を強めることである。3つ目は、病棟を明るく彩り、患者さんを喜ばせることができる点である。これらのしかけが、看護師のモチベーション向上や職場の連携につながり、看護師のレジリエンスが高まる効果が期待できる。
清岡史織 Shiori Kiyooka SMS3期生、看護師
佐藤隆洋 Takami Sato SMS3期生、産官学連携コーディネーター
成見沙和 Sawa Narumi SMS3期生、ライター
看護の仕事はストレスがかかりやすく、メンタルヘルスにおいて看護師はハイリスクグループに属するといわれている1。人の生死にかかわるため高い緊張感にさらされていることに加えて、業務量が多く、仕事をコントロールしづらいためにストレスがかかりやすいといえる。たとえば勤務中は、急変の対応などあらかじめ予定することができない業務が次々と生じる。このように高ストレスの状態が続くことが、メンタルヘルスの悪化の一因になりえるといわれている1,2。
実際に、看護師は、極度の疲労によって意欲を失い社会的に適応できなくなる燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)などの精神疾患にかかりやすいことがわかっている1,2。さらに、公益社団法人日本看護協会による「2020年 病院看護実態調査」では、正規看護職員の離職率が11.5%と高い結果であること、なかには、離職率が20%を超える医療機関もあることが明らかとなった。これは、前年の10.7%と比べても0.8ポイント上昇した結果となっている4。また、2025年には約7万人の看護師が不足するという試算も報告されている7。
近年、新型コロナウイルス感染症の流行や進行する高齢化など、看護師はますます必要とされており、看護の担い手が不足することは日本社会において重要な課題の一つといえる5,7。
強いストレスがかかる状況下でも、ストレスに対処する能力であるレジリエンスが高ければ、上手にストレスと付き合い乗り越えることができるといわれている6。その一方で、看護の現場ではレジリエンスを育む環境が十分に醸成されていない現状があると考えられる9,10,11。看護の仕事は人の生命にかかわるためミスをしないことを前提に行われており、改めて自分たちの業務を褒め合う、認め合うという機会が少ないという現場の声もある。レジリエンスを高める要素には、自らの成功体験を認識することや人とのつながりが挙げられるため、これらをいかに醸成するかが重要といえる10,11。
看護師に仕事のやりがいを改めて認識させて、レジリエンスを高める仕組みとして、「ハッピーで育てるナースの木」を提案する。これは、院内に設置したオブジェの飾り付けを通して、看護師に日々の業務のやりがいに改めて気づいてもらう仕組みである。まず、ナースステーションの受付など患者さんが見える場所に、木の枝をイメージしたオブジェを設置する。そして、日々の業務の中で喜びを感じた時に、看護師がその喜びに応じた飾りを枝に付けていく。 飾りは7種類あり、それぞれ以下のような意味を持っている。この7つの意味は、看護師の“働きがい”に影響を及ぼす経験として報告されている“治療の進行に伴う患者の状態の改善”“患者・家族からのポジティブフィードバック”“困難な状況の改善”“看護に対する他者の良好な評価”などの要素を参考にして作成した9。なお、飾りは季節ごとに変えることを想定している。
ナースの木には、主に次の3つのしかけを用意している。
まず1つ目は、仕事の喜びを可視化し、振り返るきっかけを作ることである。看護師は日々の業務が多忙であり、1つ1つの出来事を振り返る機会が少ないという現場の声もある。飾りを選ぶ行動を通して、喜びを感じた出来事を思い出すことができ、仕事へのモチベーション向上につながる効果が期待できる。
2つ目は、同僚や自分を褒める文化を育むことである。自分を褒めることは自己肯定感につながり、レジリエンスを高める効果があるといえる10,11。また、職場で「自分の存在が認められている」と感じられている人ほど、レジリエンスが高い傾向にあるという報告もある10。看護の現場は緊張感が高く、互いを褒め合う機会が少ないという現場の声もある。ナースの木で自分や同僚を褒める文化を醸成することで組織力を強めるとともに、レジリエンスの高い人材を育成することができる。
3つ目は、病棟を明るくし、患者さんを喜ばせることができる点である。時期によって飾りを変化させることで患者さんに季節を感じてもらうことができると同時に、病棟を明るく彩ることができる。飾りが増えていく様子や完成したナースの木を患者さんにも見てもらうことで、コミュニケーションが生まれる効果も期待できる。
ナースの木は、病棟のナースステーションの受付など患者さんが見える場所に設置する。日々の業務の中で看護師各々が飾りをつけていき、約1か月で完成を目指すものとする。 完成時には、写真撮影など記録をとることを想定している。また、最終的に、どの種類の飾りが何個つけられたか記録できる用紙も合わせて提供し、記録をとることができるようにする。飾りを入れておく場所には、患者さんにも分かるように、飾りの意味が書かれたPOPを設置する。
木に取り付けられる飾りの数は、300個を想定している。30床の病棟で1日10名の看護師が稼働し、各々が1日1個飾りを付けると1か月で約300個の想定になるため、適切な量と考えている12。 ナースの木に用いる素材は、枝部分を樹脂とした上で飾りを付ける場所には磁石を、飾りにはメインの樹脂にステンレス片を取り付けることでマグネットに吸着するものを用いる想定をしている。これらの素材は消毒がしやすく、簡単な着脱が可能である。さらに、飾りが他のものへ吸着されるリスクも防ぐことができるため、現場への負荷がなくスムーズな運用が可能になると考えている。実際に具体化するにあたっては、製造性・コストなどを考慮して最適な方法を見出しながら進めることとなる。
ナースの木を導入することで、看護師の仕事へのモチベーションやレジリエンスが向上する効果が期待できる。さらに、スタッフ同士が褒め合ったり助け合ったりする文化を育むことで、心理的安全性の高い組織を作ることができると考えている。これらの効果は、最終的には離職率の減少につながり、スタッフの採用にかかる費用の削減や、優秀な人材の確保というメリットが期待できる。 導入後は、記録用紙などを用いてどの飾りがいくつ付けられたかなどを測定することで、トレンドや課題を把握することができ、さらなる改善に結びつけることができる。また、スタッフへのアンケートやストレスチェックの結果、離職率の測定を通して、これらの効果を測定していく。患者さんにさらに楽しんでもらえるよう、病棟で完成品を発表するイベントを企画することも想定している。 ナースの木は病棟への設置から始める想定をしているが、リハビリ室や外来カウンターなど、院内のほかの場所への展開も期待できる。さらに、看護師だけではなく、医師やコメディカルなどを含めた多職種で実施することもできるだろう。チーム医療が重要視されている近年、組織力を強めるために導入することもメリットが大きいと考えている。また、医療従事者だけではなく、患者さんへの展開も期待できる。たとえば、リハビリ室に設置して、1つできることが増えたら飾りをつけるというような施策を行うことで、患者さんのリハビリへのモチベーションにつながることが考えられる。さらに、病院という枠を超えて、介護施設や教育機関、企業など、さまざまな業態への展開も期待できる。 実際に現場に導入していくアプローチとしては、まずはパイロット用のナースの木を試作し、賛同していただいた医療機関で試験的に運用することを想定している。この際に、看護研究に取り入れていただける方とコラボレーションができるとさらに良いと考えている。その後、現場からのフィードバックを取り入れての製品化や、メディアで紹介されることで、さらに広く展開していけることを期待している。