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目指せリンパマイスター!リンパ浮腫のセルフケアのための計測リングと日めくりカレンダー

目指せリンパマイスター!リンパ浮腫のセルフケアのための計測リングと日めくりカレンダー

ABSTRACT

リンパ浮腫は、がん治療の手術によりがん病巣近くのリンパ節を切除あるいは化学治療後の後遺症として起こる。一度発症すると現在の医療では完治するのは難しく、症状にできるだけ早く気づき、適切なケアを続けることで、悪化を防ぐことが唯一の対処法である。ところが、医療現場におけるリンパ浮腫への認知度は低く、セルフケア支援及びリンパ浮腫に関する情報提供が足りておらず、患者へのサポート体制が十分でないのが現状である。また、浮腫による身体的変化等により患者のQOLを著しく低下させるだけでなく、心理社会的側面にも大きな影響を与える疾患である。そのため、治療の大部分を占めるセルフケア知識習得の必要性やリンパ浮腫に関する情報提供及びサポート体制充実の必要性を患者も同様に感じている。このように、リンパ浮腫という病気及び関連情報の患者の理解を促進し、前向きな自己管理の取り組みによる患者の精神的・肉体的負担軽減を目的とした「目指せリンパマイスター!」プロジェクトを企画・提案する。また、本プロジェクトを通じて、リンパ浮腫患者の家族や一般の人への病気の啓発や認知向上につなげ、患者が自分らしく生活できる環境を周囲の人と整えるサポートも可能であると考える。

AUTHORS

松尾英憲 Hidenori Matsuo 作業療法士
宮﨑晶子 Akiko Miyazaki 医療機器メーカー勤務
猪村真由 Mayu Imura 看護学生
米満香菜 Kana Yonemitsu

INTRODUCTION

がん治療の手術によりがん病巣近くのリンパ節を切除後あるいは化学治療後の後遺症として起こる可能性があるのが二次性リンパ浮腫である。特に、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、大腸がん等は、リンパ浮腫が引き起こされやすい疾患である1。上肢のリンパ浮腫のほとんどが乳がん、下肢のおよそ9割が子宮がん・卵巣がんと言われており、わずかながら男性の患者もいるが、圧倒的に女性の発症率が高い。がんの術後後遺症によるリンパ浮腫および原発性リンパ浮腫の患者数は 10~15万人といわれている。近年の年間手術件数から、上肢約2000人、下肢約3500人、原発性約500人を含め年間総数約6000人の増加が今後予測される2。また発症率としては、乳がんでは術後に30%3、婦人科がんでは28~47%4,5の割合で発症するとされている。一度発症すると現在の医療では完治することは難しく、症状にできるだけ早く気づき、適切なケアを続けることで、悪化を防ぐことが唯一の対処法である。

しかし、リンパ浮腫への認知度は低く、必ずしもリンパ浮腫の知識や技術を十分身に着けた医療従事者が患者と関わる状況には至っておらず、治療への保険適用等、患者へのサポート体制に課題があるのが現状である。「がんの発症に圧倒されリンパ浮腫に対する医療者の説明を覚えていない」、「四肢のむくみを見たことがなくリンパ浮腫のイメージが出来ない」、「むくみと判断する基準が理解しにくい」6等の不満を患者も感じている。難治性であり、発症すると長期間に渡り日常生活へ支障をきたす為、患者のQOLを著しく低下させる。身体的苦痛や浮腫による活動及び趣味の制限、浮腫の慢性化に対する不安やボディイメージへの影響といった患者の心理社会的側面にも大きな影響を及ぼしている6,7,8。同時に、治療の大部分がセルフケアのため、患者はセルフケア方法の習得の必要性を強く感じている7。このような状況の中、90%以上の看護師が「セルフケア支援の充実」、「リンパ浮腫に関する情報提供の充実」、「複合的理学療法の確立・習得」等の必要性を挙げており9、リンパ浮腫ケアの必要性が強く認識されている。このように、医療従事者によるリンパ浮腫に対する情報提供やサポート体制充実の必要性を医療従事者も患者も感じている事がこれまでの研究から示唆されている。

METHODS

リンパ浮腫という病気や関連情報を患者が正しく理解し、前向きに自己管理に取り組むことで、前述した精神的・肉体的負担を少しでも軽減できればと考え、「目指せリンパマイスター!」プロジェクトを企画・提案する。ここでいう「リンパ(浮腫)マイスター(以下、「リンパマイスター」と称す。)」とは、疾患やセルフケアについての十分な知識を身に着け、自分らしい体調管理方法やライフスタイルを確立し、活き活きと日々を過ごすができる患者のことである。本プロジェクトを通じて、一人でも多くの患者が、楽しく「リンパマイスター」を目指すプロセスを提供できればと考える。

本プロジェクトの対象患者は、がんの外科治療あるいは化学療法を受けた患者(リンパ浮腫発症前及び発症後の患者の双方)である。プロジェクトを通じて達成したい目標は、以下の三点である。

  1. 疾患に関する様々な情報について、医療従事者と患者がコミュニケーションを取るきっかけの提供
  2. リンパ浮腫の発症及び悪化を客観的に把握するためのサポートツールの提供
  3. 患者が自分にあった体調管理・セルフケアの方法を身に着け、活き活きとした生活を送る為のプロセスを楽しく支援する

まず、一点目に関しては、リンパ浮腫に関する適切なコミュニケーションが、医療従事者と患者の間で実施できるように、外科手術後の退院時や化学療法後のいずれかの適切なタイミングで、医療従事者から患者へ計測リングと日めくりカレンダー(以下、「カレンダー」と称す。)を手渡すことができるように、各医療機関へ事前にこのセットを配布する。その際、疾患の発症の可能性やリスクを適切にコミュニケーションする重要性を啓発する。

二点目のリンパ浮腫発症及び悪化の客観的に把握するためのサポートツールとして、四肢の数値の簡便な測定が可能な計測リングを配布する。これにより客観的に自分の体の変化を患者が認識できるようサポートする。計測リングは、表面はファッション性を重視したカラフルな色彩とし、裏側に測定用のメモリが記載されているデザインとする。測定する際は裏返し、腕の測定時については、計測用のリングで輪を作り、その輪の中に手を入れ、リングの手前側を引っぱることで腕に計測リングが巻きつき計測できる設計とする。足に関しては通常のメジャーと同様に測定する。

また、カレンダーの表紙の裏側に、治療前の初期値を予め病院で測定し、記載しておくことを医療従事者に推奨する。(下図、カレンダー冒頭基準値 計測ページのイメージ参照)また、日めくりカレンダー内で、7日(下図、Day 7参照)ごとに計測のリマインド及び計測値の記録を患者に促す。特にリンパ浮腫の初期段階においては計測値以外の身体の変化も観察する必要がある。よって、計測値以外の指標となる皮膚の色や固さ等の留意すべきポイントについても、日めくりカレンダーから学べるような仕組みを提供する(下図、Day 1参照)。

カレンダー冒頭 基準値 計測ページイメージ:

計測ページイメージ

三点目については、リンパ浮腫疾患情報及び治療の大部分を占めるセルフケアの情報が、カレンダーを毎日めくることで徐々に学べるデザインとする(下図、Day1、Day45、Day317参照)。また、各パートごとにクイズ形式で自分の理解度を確認出来、後半にいくほど難易度が上がっていくクイズに応えながら自分の知識の広がりや徐々にリンパマイスターへ近づいていることが実感できる内容とする(下図、Day100参照)。また、30日ごとに振り返りを促し、ライフスタイルと自分の体調の関係性を見つけ出せるような時間を提供するだけでなく、心にゆとりをもってリンパマイスターへの道を目指す支援を提供するデザインとする。例えば、リンパ浮腫悪化の過度な恐怖心から趣味に興じることを患者自身で制限し、窮屈になることがないようカレンダーをめくる度に、自分の楽しみたい趣味をみつけたり(下図、Day45参照)、ご褒美イベントを設定できるような問いかけを挿入する。また、日々の生活とセルフケアの両立にストイックになり過ぎ、心が疲弊してしまわないよう、童話や歴史上の人物の一言から引用した心の緊張が解けるようなメッセージを挿入する事を想定している(下図、Day30参照)。

日めくりカレンダーイメージ:

日めくりカレンダーイメージ

日めくりカレンダーイメージ

日めくりカレンダーイメージ

DISCUSSION

本プロジェクトを通じて、計測リングとカレンダーを配布することにより疾患情報やリスクについて医療従事者と患者がコミュニケーションを取るきっかけ及びリンパ浮腫発症及び悪化を把握するサポートを提供し、一人でも多くの患者が自分にあったセルフケアを習得し、自分らしい病気との向き合い方を見つけ、活き活きとした生活を送る事を目指している。

医療現場で、医師もしくは看護師から、測定リングとカレンダーを患者へ手渡すことから、疾患に関するコミュニケーションが適切なタイミングで開始される。これにより、がんの発症に対する驚きによる医師の説明の聞き逃しや後遺症の説明不足に対する患者の不満、リンパ浮腫の発症に対する過度の不安の軽減が可能である10。配布時に提示された四肢の基準値とカレンダーの冒頭で提供される早期発見のポイントから総合的に判断し、どのような変化が見られたら通院するべきかという事がより具体的に患者がイメージできると考える。それと同時に、ファッション感覚で日常的に計測リングを身に着けることにより、計測行為が日常生活の一部となることを想定する。また、患者が自宅における定期的な計測値等の記録を医師に共有することにより、医師と患者の積極的な連携の促進を期待する。

クイズを織り交ぜながら日めくり形式で提供される様々な情報により、日々の患者の生活のQOLが向上するだけでなく、カレンダーをめくることへの楽しみを患者が感じることが出来ればと考える。また、自分の趣味に挑戦したり、楽しみなイベントを設定することで、治療以外のことへ取り組む患者の動機づけにつながったり、カレンダーの中に挿入されたさりげないメッセージから、自分を時には甘やかす心の余裕を持てることを期待する。これにより、患者が長期的・継続的に治療に取り組むモチベーションを向上できればと考える。

リンパ浮腫計測リング及びカレンダー実装に関しては、リンパ浮腫に関連する疾患に取り組む医療機器メーカーや製薬企業や患者会に呼びかけ、リンパ浮腫啓発活動や患者支援活動を展開できればと考える。カレンダーの中で、患者会や各企業のリンパ浮腫に関する取り組み紹介や関連情報等を掲載することで、患者のQOLを改善できるような内容の充実を図るだけでなく、活動の継続性に繋がることを期待する。

また、計測リング及びカレンダーは、原発性リンパ浮腫の患者への配布展開も可能であると考える。ただし、リンパ浮腫の発症時期は患者により様々である。少なくとも術後あるいは化学療法後、数年の期間は特に、患側上肢及び下肢の状態に着目する必要がある6,11,12。よって、患者が希望すれば1年ごとに次のカレンダーを配布する、リンパ浮腫診療ガイドライン13の更新に応じて情報の更新を実施する等の運用面の強化も今後検討していく必要があると考える。また、継続的使用の観点から、紙ベースでの記録では蓄積した患者のデータをより客観的に分析するという意味でも限界がある。そこで、将来的には、患者の日々の計測データをアプリで管理することも検討する。アプリで管理することで、計測リングと共に手軽に持ち歩け、日々の生活のいつでもどこでも計測及び記録を可能とし、AIなどを用いたデータ解析により、新たな知見や患者へのより良い行動変容を促すことを目指す。また、記録されたデータから、類似の症状や治療歴をもつ患者同士をつなげ、お互いのセルフケア等に関する経験や知見を共有できるような発展性についても検討したいと考える。

認知度向上や疾患啓発に関しては、国際リンパ浮腫Day(3月6日)などの機会を利用して、リンパ浮腫計測リングをより多くの一般の方に手に取って頂けるようなキャンペーンの展開も検討する。これにより、ピンクリボン=乳がんと同様に、計測リング=リンパ浮腫のイメージが世間一般の人に広がり疾患啓発に繋がると考えられる。

REFERENCE

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