人生の3分の1の時間を睡眠に費やすといわれているが、日本人の多くは睡眠に問題を抱えながら暮らしている。厚生労働省の国民健康・栄養調査では、日本国民の5人に1人が慢性的な不眠を抱えている現状が浮き彫りとなった。布団に入っても学校や仕事のストレスでなかなか寝つけなかったり、ついスマートフォンを触って夜更かししてしまったり、そして、眠れないということを意識すると余計にストレスを感じて眠れなくなったりするなど、多くの人々が不眠症の症状である寝つき(入眠障害)に問題を抱えている。そこで、布団に入ってもなかなか寝つけないという「眠りにつく」ことへの不安やネガティブなイメージを変えることで、より良い睡眠が取れるようになるのではないかという可能性に着眼した。具体的には無理に眠ろうと努力するのではなく、あえて眠りにつくまでのまどろみの時間を空想で楽しむ「まどりーむ」というコンセプトのもと、聴覚や嗅覚への異なるアプローチから3つのプロトタイプを考案した。1つ目は聴覚からまどろみの時間に誘う、空想が広がるナレーションとBGMが流れてくるウッドスピーカー。2つ目は嗅覚からまどろみの時間に誘う、空想が広がる物語のイントロダクションが書かれていて、その物語の世界観にマッチした香水がついているカード。そして、3つ目は聴覚・嗅覚どちらにも訴えかける、スピーカー機能を持ったディフューザー。どのプロトタイプも布団の中でバリエーション豊かな心地よい香りや音楽に導かれ、自分だけの空想の世界に没入できるようなユニークな体験を提供してくれるものである。まどりーむを使うと、目を閉じたまま夢見心地で空想にふけって、普段布団に入っても頭から離れない日々のストレスや悩みごとを一旦忘れ、寝る前の漠然とした不安を和らげることができる。また、心と身体に負荷をかける就寝前のスマートフォンや睡眠薬の使用を防ぎ、質の高い適切な睡眠をとることをサポートしてくれる。まどりーむは個人の使用だけでなく、従業員の睡眠の質や量を改善するための会社の福利厚生の一環としての活用方法も期待できる。また、世界一短いとも言われる日本の子供の睡眠不足改善やアスリートのパフォーマンス改善、入院患者の寝つき改善など、幅広いターゲットにアプローチすることができる。そして、これまで不眠症対策として取られてきた、いかに眠りにつかせるかという心身の不安を助長しかねないアプローチに対して、人の感性に訴えかける新しい課題解決のアプローチを世の中に提案する。
窪田由樹 デザインリサーチャー(慶応義塾大学、株式会社デコム) 鈴木敦子 公衆衛生学修士課程在籍(大阪大学、ストックホルム大学)
人間は、人生の3分の1という時間を睡眠に使っています。睡眠は、身体や脳の疲れを休息させ、修復・再生させる大切な時間です。しかし、日本人の多くは、睡眠に問題を抱えながら暮らしています。
1日の生活の多くの時間を占める睡眠は、1. 脳機能の正常化とウェルビーイング、2. 身体的な健康、3. 日中のパフォーマンスに影響を与えます。まず、睡眠は脳が適切に機能するのを手助けしており、睡眠の質が向上することで、学習や課題解決のスキル、創造力が高まります。次に、睡眠中に血管の修復を行ったり、血糖値や成長に関するホルモンと関係していたりするために、睡眠不足は心臓病や高血圧、子どもの成長といった身体的な機能に悪影響を及ぼします。さらに、睡眠が十分に取れないことで、仕事や学校でのパフォーマンス低下や、運転中の眠気による交通事故に繋がるリスクの増加をもたらします。
睡眠は、身体的・精神的に重要な役割を果たしているにもかかわらず、日本は先進国の中でも睡眠後進国であるといえます。OECDのGender Data Portal 2019によると、OECD諸国30カ国中、日本人(15歳~64歳)の平均睡眠時間は442分と最下位であったと報告されています。また、厚生労働省の国民健康・栄養調査では、日本国民の5人に1人が慢性的な不眠を抱えている現状が明らかになりました。
ストレスや生活リズムの乱れ、騒音や光といった環境などが原因となり、寝つきの悪い「入眠障害」といった不眠症が引き起こされます。私たちの行ったインタビューとアンケート調査からも、多くの人が寝つきが良くないと感じており、それには、仕事のストレスや悩みを感じたり、眠りにつく直前までスマートフォンを操作していたりすることが影響している可能性が見えてきました。
慢性的な不眠が1ヶ月以上続き、日中に倦怠感や、意欲・集中力・食欲の低下などの不調が出現する病は不眠症と呼ばれます。不眠症にはいくつかタイプがあり、そのひとつがなかなか寝つくことのできない「入眠障害」です。
睡眠に関する現状や課題を探るために実施した個別インタビューとウェブアンケートでも、寝つきに問題を抱えている人が一定数いることが明らかになりました。個別インタビューでは、コロナ渦で生活スタイルの変化やストレスにより、寝つきが悪化したという声が聞かれました。さらにウェブアンケートでは、多くの人が、仕事に関する悩みやストレスが寝つきの悪さに関連する要因であると考えていることや、就寝直前までスマートフォンを利用していることがわかりました。
就寝前のスマートフォンの使用が、ブルーライトによってメラトニンの生成を減少させるといった要因から睡眠の質の低下を招くことが明らかになってきています。また、日常のストレスや悩みが不眠症の大きな要因となっており、さらに眠りにつけないことへのストレスや不安が、さらなる不眠の状態を生み出してしまいます。
私たちは、「眠りにつく」ことへのネガティブなイメージを変え、寝つくまでのまどろみの時間を空想で楽しむことで、より良い睡眠が取れるようになると考えます。
寝つきの悪さに関する課題を解決するためには、身体や心に負担をかけず、安心して眠りにつけるような環境を整えることが重要です。眠りにつくまでの時間をポジティブに捉えられるようになることで、忙しい日々の中でも、よりスムーズに入眠することができ、より長い睡眠時間や高い睡眠の質を確保できるようになるはずです。
睡眠改善に関するアイテムは既に数多く存在しています。アロマが不安やストレスを和らげることからアロマディフューザーや、音楽が血圧を下げたり呼吸を落ち着かせたりすることからヒーリングミュージックのCDなどが販売されています。また近年では、Appleをはじめとした大手IT企業も睡眠に注目し、自分の睡眠状態を簡単に把握できるスマートフォンアプリやデバイスも次々と生み出されています。しかし、悩みや不安によって眠れないことへの根本的な解決は十分になされていません。ディフューザー、ヒーリングミュージック、睡眠記録アプリのいずれも、それらをセットした後は、布団やベッドにただ寝そべり睡眠を促すだけで、悩みや不安といった思考を取り払うことは難しいと考えます。
そこで、私たちは眠りにつくまでの時間を楽しむために「空想」の可能性に着眼しました。幼い頃に両親に読み聞かせをしてもらいながら物語の内容を想像したり、かなえてみたい夢を妄想したりしているうちに知らぬ間に眠っていたという経験をしたことのある人も多いのではないでしょうか。まだ研究は十分に行われていませんが、就寝前に楽しいシチュエーションを想像することで睡眠が改善されたという報告もされています。布団やベッドに入り、まどろみの中で空想を楽しみながら自然と眠りにつくことができたら、十分な睡眠時間の確保と睡眠の質の向上に繋がると考えます。
眠りにつくまでのまどろみの時間を空想で楽しむことを促すコンセプト「まどりーむ」を考案しました。布団やベットの上で、シチュエーションストーリーや、香り、音楽に導かれ、自分だけの空想の世界に没入できるようなユニークな体験を提供してくれます。「まどりーむ」という名前には、自分だけの(フランス語で「私の」を意味する”ma”)、”まど”ろみを楽しみながら、夢(英語で「夢」を意味する“dream”)の世界に入っていくという意味を込めました。
私たちはこのコンセプトを形にしやすい順に、以下の3つのプロトタイプを考えました。
プロトタイプA:音楽によるアプローチをメインに据えたアイデア
プロトタイプB:香りによるアプローチをメインに据えたアイデア
プロトタイプC:音楽と香りどちらのアプローチも兼ね備えた上で、最新の技術を取り入れたアイデア
●プロトタイプA:音楽でまどろむサウンドタイプ
仕様・機能
利用手順
①スマートフォンでまどりーむのサイトにアクセスして、今日のプレイリストを再生する。
②スマートフォンをスピーカーにセットする。
③スピーカーから流れてくる空想が膨らむストーリーとBGMを聴きながら眠りにつく。
●プロトタイプB:香りでまどろむフレグランスタイプ
仕様・機能
利用手順
①就寝前に、箱からカードの入ったパッケージを1つ取り出す
②パッケージを開封し、カードを読む
③カード上のプラスチックシートカバーをはずし、練り香水を手首や首筋などに塗布する
●プロトタイプC:音楽と香りでまどろむマルチタイプ
仕様・機能
シチュエーション例
香り:ベルガモット、シダーウッド
サウンド:雨音
香り:金木犀、ウッディ
音:ワープ音、SF、昔流行った邦楽のオルゴール
利用手順
①カートリッジBOXから小袋に入っているカートリッジを取り出す。
②カートリッジを小袋に入ったままスマートフォンにかざして、スマホは枕元に置く。
③スマートフォンの画面で香りと音楽がスタートするまでのカウントダウンが始まるので、そのカウントダウンが終わるまでに、小袋からカートリッジを取り出しディフューザー差込部にセットする。
④香り、音を感じながら空想のストーリーを楽しむ。
⑤眠たくなってきたら機器のスイッチをオフにする。もしくは眠りについたのをアプリが感知し、自然にスピーカーとディフューザーが停止する。
⑥翌朝のアラームとともに目覚め、睡眠記録をチェックすることができる。
不眠症の中でも入眠障害を抱えている方々は「今日もなかなか眠りにつくことができないのではないか」という不安や恐怖があり、睡眠薬で無理矢理眠りにつけるようになったとしても、依然としてその不安や恐怖がなくなるわけではありません。
「まどりーむ」を使用すると、そういった普段どうしても考えてしまう悩み事などを一旦忘れ空想することで、自分の好きなことだけを考えられるようになるので、寝る前の漠然とした不安を和らげることができ、精神的なストレスや負担を軽減することができます。実際に、寝る前に楽しいシチュエーションを空想することで睡眠の質が改善するといった海外の研究結果も出ています。また、心地よい香りを嗅いだり、リラックスできる音楽やBGMを聞いたりすることで、睡眠の質を改善する効果が見込めます。さらにプロトタイプCでは、就寝前にスマートフォンを自然と閉じたくなるような工夫がされているので、不眠の大きな原因として挙げられるスマホの利用の中断を促すことができます。
この「まどりーむ」は、特定のターゲットに絞られることなく、幅広いターゲットにアプローチすることができます。例えば、人生100年時代・ウェルビーイングなど年々健康に関する意識は高まり、企業も従業員の健康状態を気にかけるようになりつつある中で、会社の福利厚生の一環として「まどりーむ」を導入すれば、従業員の睡眠の質や量が改善され、仕事のパフォーマンスが向上するといった活用方法も期待できます。ほかにも、世界一短いとも言われる日本の子供の睡眠不足、アスリートの睡眠パフォーマンス、なかなか眠りにつくことができないという問題を抱えている入院患者の寝つきなどの改善も期待でき、老若男女・シーンを問わずに活用いただけます。